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むつみ会

東北関東大震災ー想定範囲の外と内

まさか津波が、それもあんな大津波がくるなんて思わなかった。一瞬現実の出来事なのか、夢か映画の中の出来事なのか分からなくなった。奇跡的に助かった被災者のコメントである。10メートル超といえば4階建てビルほどの高さである。そんな巨大な海水の壁が突如として出現し、時速80キロ以上の猛スピードで襲ってくるのだから、たまったものでない。

原発もまさかのM.9の大地震に次いできた、まさかの大津波でやられた。「安全神話」も”まさか”のダブルパンチであえなくもノックアウトされた。犠牲者もまさかの多数に上り、燃料不足で火葬ができない。避難生活者も同様で最低限の生活物資さえ不足しているのに、届けることができない。被災者一人ひとりの人生設計は無論まさかの激変で、いつまでも平和なはずだった過去の暮らしは跡形もなく焼失し、一文無しで未来に向かい合わなければならない。これから先もまさかの後遺症の連続で悩まされ続けることだろう。

今度の災害では「想定の範囲外」というフレーズがいっぱい新聞紙面やTV画面で乱舞した。もっともそれは人間の立場から勝手に想定外と思っているだけで、地球の立場からすれば少々身じろぎしただけのことで,想定の範囲外といわれて困っているかもしれない。しかし「想定の範囲外」とは何のことだろう?想定とは過去のデータをベースに(前例?)未来を推し量ること、つまり今までがこうだったから、これからもこうだろうと想い定める、というチョット勝手な話のことかな。

だとすると「想定の範囲外」とは、自分勝手な当てがハズレてアホを見る、自業自得という話である。競馬や宝くじでスカをひくのとそれほど変わらない。ただとてつもなく悪い意味で、人間臭い世の中では、想定の範囲内なのに知らんふりをしたり(特に巨大利権がからんだ階級エリートという人に限って)、想定の範囲内であるのに気付かない(特にいわゆる学歴秀才といわれる、どこか中途半端なエリートに限って) というケースが多々あるので要注意である。

さて今回の震災における原発事故は厳密な意味で「想定の範囲外」といえるだろうか。今回は自然災害だったが、もし戦争の場合はどうなるのだろう。真っ先に敵の標的にされる「かもしれない」。「かもしれない」は「想定の範囲外」なのだろうか?原発関係者は今回のような被害をこうむる「かもしれない」と思っていたはずだ。 その事前の「かもしれない」が、事後にいとも簡単に「まさか」にすり替わった。「まさか」にしても「想定の範囲外」にしても言葉の意味が曖昧で、どうも言い逃れっぽい。ただ問題は「まさか」とか「想定の範囲外」といって済ませるられることと済ませられないことがあるということだ。

万が一の原発事故は取り返しのつかない事態を招くことだけは100%ハッキリしていた。放射能汚染は風に乗って、水に溶けてどこまでも拡散していく。完全に隔離している間だけはいいが、隔離の壁にホンのチョットでも穴があいたら、もう人間の力では制御不能となる。たとえアクシデントがなくとも、老朽化した原発の処分、特に廃棄物となった炉は半永久的に隔離しなければ大変な事になる。そのことは専門家なら熟知していたはずだ。 菅内閣は「イカン、バカン、スカン、財布の中はスッカラカン」だが、実はTPPは原発事故以上の大問題なのだ。米国の無理難題に押し切られたのは見え見えだが、もし法案が通ればただでさえ虫の息の日本農業が壊滅状況になるのは日を見るより明らかだ。途上国の経済発展による食生活向上で、全体的に食べ物は足りなくなる一方だし、ハイパーインフレで円が紙切れになれば、食べ物を輸入できなくなる。日本人の大半が餓死する。
そうなったとき「まさか」や「想定の範囲外」でしたで済まされたらたまったもんじゃない。しかも原発事故は天災がらみだが、これは100%人災だ。。




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